大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 昭和44年(ワ)339号 判決

原告

塩田和子

ほか二名

被告

四国フエリー株式会社

主文

一  被告は、原告塩田和子に対し、金五七四万五、六〇〇円、及び、内金五二四万五、六〇〇円に対する昭和四四年一〇月一〇日から、内金五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告塩田修教及び同塩田真敬に対し、各金四四一万五、六〇〇円及びこれに対する昭和四四年一〇月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一六を被告、その二を原告塩田和子、その余を原告塩田修教及び同塩田真敬の各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分中各金二〇〇万円につき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告ら)

一  被告は、原告塩田和子に対し、金七二四万四、六〇〇円及び内金五七四万五、六〇〇円に対する昭和四四年一〇月一〇日から、内金一四九万九、〇〇〇円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告塩田修教及び同塩田真敬に対し、各金四六六万五、六〇〇円及びこれに対する昭和四四年一〇月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言。

(被告)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

(原告ら)

一  請求の原因

(一) 事故の発生

昭和四四年四月二七日午前一時四〇分頃、高松市紺屋町二番地先の道路において、訴外藤原正晴(以下藤原という。)が普通乗用自動車(香五そ八四四〇号)を運転して南進中、折柄前方を東(左)から西(右)へ歩行横断していた訴外塩田敏彰(以下亡敏彰という。)に衝突、転倒させて、頸推骨折、頸髄損傷等の傷害を負わせ、よつて間もなく高松市藤塚町一丁目一一番一号井川外科病院において同人を死亡させた。

(二) 責任原因

1 被告は、本件加害自動車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

2 仮に本件事故が被告主張のとおり藤原の無断運転によるものであつて被告に運行供用者責任がないとしても、本件事故は、被告の被用者である訴外堀川浩洋(当時被告会社高松営業所長)が本件加害自動車を運転して被告の業務を執行中、これを、公道に直轄し人の出入りも激しい右営業所旅客待合室の前方に、エンジンキーを点火装置に差し込んだまま、しかもドアに施錠もすることなく放置してあつたため、藤原が持ち出して運転中前方不注視により発生させたものであるところ、このように自動車の保管が十分でない場合、第三者がこれを無断運転することがあり得、その結果第三者が運転上の過失により他人の身体等を侵害することは十分予見し得ることであるから、藤原の本件加害自動車運転による本件事故の発生は、右堀川の自動車管理上の過失と相当な因果関係にあるものというべく、従つて、被告は民法七一五条一項に基づき、本件事故により生した損害を賠償すべき責任がある。

(三) 損害

1 亡敏彰の逸失利益

亡敏彰は、本件事故当時四一歳の男子で、訴外関西工業株式会社に代表取締役として、同関西電話工業株式会社に嘱託として、それぞれ勤務し、前者からは一か月平均五万三、四〇〇円の報酬、後者からは一か月八万円の報酬をそれぞれ得ていたが、死亡しなければ、少なくとも六三歳に達するまでなお二二年間は勤務でき右程度の収入を得られた筈のところ、同人の生活費は収入額の四割とみるのが相当であるから、これを控除すると、その純収入額は一か月合計八万〇、〇四〇円で年間少なくとも九六万円となる。そこで右純収入額を基礎として、死亡当時における現価を、ホフマン複式(年別)計算法により年五分の中間利息を控除して算出すると、

960,000円(年間純収入)×14.58(22年の係数)=13,996,800円

の算式により、一、三九九万六、八〇〇円となり、同人は同額の損害を蒙つたことになる。

2 原告らによる相続

原告塩田和子は亡敏彰の妻、その余の原告らは同人の嫡出子であるから、原告らは、同人の死亡により、右1の逸失利益の賠償請求権の各三分の一にあたる四六六万五、六〇〇円宛を、相続によつて承継した。

3 慰藉料

原告らは、亡敏彰の妻或いは子として、同人の死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つたが、その慰藉料としては、原告塩田和子につき二〇〇万円、その余の原告らにつき各一〇〇万円をもつて相当とする。

4 損害の填補

原告らは、自賠責保険金各一〇〇万円を受領し、また、原告塩田和子は、藤原から香典一二万円を受領したので、これらを各自の損害から控除する。

5 弁護士費用

以上により、被告に対し、原告塩田和子は五五四万五、六〇〇円、その余の原告らは各四六六万五、六〇〇円の賠償を請求し得るものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士である本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、原告塩田和子において、本訴提起前に着手金二〇万円を支払つたほか、勝訴の場合に成功報酬として一四九万九、〇〇〇円を支払うことを約した。

(四) 結論

よつて、被告に対し、原告塩田和子は、右(三)の5記載の五五四万五、六〇〇円と弁護士費用一六九万九、〇〇〇円との合計七二四万四、六〇〇円、及び内金五七四万五、六〇〇円(弁護士費用中成功報酬を除いたもの。)に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四四年一〇月一〇日から、内金一四九万九、〇〇〇円(成功報酬)に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告らは、同記載の各四六六万五、六〇〇円及びこれに対する右昭和四四年一〇月一〇日から右年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  被告の主張に対する認否と反駁

(一) 被告の主張事実中、藤原が被告主張の日から被告会社宇野営業所で切符切りの仕事をしていたこと、同人が昭和四四年四月二一日以降同営業所を欠勤して訴外樋口運輸株式会社に勤務していたこと、同人が被告主張の日時頃被告会社高松営業所を訪れたことは、いずれも認めるが、その余は争う。藤原が右訴外会社に勤務するようになつたのは、同会社に対する借金を返済するため、右勤務による被告会社宇野営業所の欠勤は同年五月上旬の連休に勤務することにより穴埋めすることとして、一時的な単なるアルバイトをするつもりからであり、当時、右営業所を退職するつもりはなかつた。そして、同人が右退職を決意したのは、同年四月末日頃であり、かつ、被告の要求により退職届を提出したのは、同年五月二九日である。従つて、同人は、本件事故当時、被告会社の従業員たる身分を有していたものである。

(二) 藤原は、従来、被告会社の従業員であるよしみでその高松営業所から少なくとも四回にわたり自動車を借用したことがあり、本件事故の際も、同営業所宿直員の承諾を得て本件加害自動車を借受け、これを運転中本件事故を発生させたものであるから、被告が、自賠法三条による運行供用者責任を有することは明らかである。また、仮に右承諾を得ていなかつたとしても、前記のとおり、エンジンキーを点火装置に差し込んだまま、しかもドアに施錠もすることなく本件加害自動車を放置してあつたからには、何人が故意又はいたずらに無断運転するかも知れないのであるから、被告側において藤原の運転を積極的に阻止しなかつた以上、右承諾があつたものと同視し得べく、被告は、右責任を免れないといわなければならない。

(被告)

一  請求原因に対する答弁

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実中、被告が本件加害自動車を所有していること、堀川浩洋が被告の被用者(当時被告会社高松営業所長)であり、同人が本件加害自動車を運転して被告の業務を執行中原告主張のような状態で駐車してあつたところ、藤原がこれを持ち出して運転中前方不注視により本件事故を発生させたことは、いずれも認めるが、その余は争う。

(三) 同(三)の事実中、亡敏彰と原告らの身分関係及び損害填補の事実は認めるが、その余は不知。

二  被告の積極的主張

(一) 被告は、本件加害自動車を藤原に窃取されたものであつて、同車に対する支配を排除され、その運行の利益も有しなかつた。即ち、藤原は、昭和四四年一月九日被告会社に入社し、住居地である岡山県玉野市所在の被告会社宇野営業所でフエリーボートの乗客の切符切りの仕事に従事していたが、同年四月二〇日以降右営業所に全然出勤せず、同市所在の訴外樋口運輸株式会社に運転助手として勤務していることが判明し、被告会社を退職したい意向を有しているやに見受けられたので、右営業所側としては、その点を確認善処すべく、藤原の母親を通じて同人の出頭方を求めてあつたところ、同月二六日午後三時頃同人が出頭したから、右営業所所長代理堀川文裕において、意向を質した結果、藤原が被告会社を退職したい旨明言したので、同人を解雇することに決して同人に同月二〇日までの分の給料を支払い、同人は被告会社とは全く無関係な第三者たる立場に立つに至つた。ところが、藤原は、退職した右四月二六日午後一一時五分宇野発翌二七日午前零時一五分高松着の被告会社のフエリーボートで被告会社高松営業所に来、同所待合室で乗客らと雑談中、同営業所長堀川浩洋が社用で本件加害自動車を運転して外出先から帰所し、すぐ再び外出するため、右待合室の前方に駐車してあるのを見付け、同営業所宿直員滝静夫にその貸与方を依頼し、同人から拒否されたのにかかわらず、右退職に関し憤懣を感じていたことなどから、気晴しに友人の所へ行くべく、滝が多忙な事務に追われている隙に乗じ、本件加害自動車のドアを開けたところ、エンジンキーが差し込んだままであつたので、同車を持ち出して窃取して被告の支配を排除し、本件事故当時同車を自己のために運行の用に供していたものであつて、被告は同車に対する支配権を喪失し、運行利益も全く有しなかつた。従つて、本件事故につき、被告には、自賠法三条による運行供用者責任はないというべきである。

(二) 被告には、本件事故につき、民法七一五条一項による責任もない。即ち、訴外堀川浩洋が施錠等をすることなく本件加害自動車を駐車してあつたとしても、もともと駐車する場合に施錠等をすべき法律上の義務はないし、駐車してあつた場所は被告会社専用の駐車場であり、その時刻も午前一時頃でフエリーボートの利用客は数名にすぎず、付近は電燈の照明で明るく見とおしが十分であつて、容易に本件加害自動車が窃取されるような状況にはなかつたから、同人に管理上の過失があつたものとはいえない。また、右の過失があつたとしても、本件のような第三者の泥棒運転による事故の発生と右過失との間には、相当因果関係がない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  責任原因

被告が本件加害自動車を所有していることは、当事者間に争いがない。

ところで、被告は、本件加害自動車を藤原に窃取されたものであつて、同車に対する支配を排除され、その運行の利益も有しなかつたから、自賠法三条による運行供用者責任はない旨主張するので、以下この点について判断する。

まず、藤原は、昭和四四年一月九日被告会社に入社し、住居地である岡山県玉野市所在の被告会社宇野営業所でフエリーボートの乗客の切符切りの仕事に従事していたが、同年四月二一日以降右営業所を欠勤して同市所在の訴外樋口運輸株式会社に運転助手として勤務していたこと、同人が同月二六日午後一一時五分宇野発翌二七日午前零時一五分高松着の被告会社のフエリーボートで被告会社高松営業所に来たこと、その後間もなく、被告会社高松営業所長堀川浩洋が、社用で本件加害自動車を運転して外出先から同営業所に帰り、これを、同営業所旅客待合室の前方に、エンジンキーを点火装置に差し込んだまま、しかもドアに施錠もすることなく駐車したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕によれば、藤原が前記のとおり被告会社宇野営業所を欠勤し樋口運輸株式会社に勤務していたのは、同会社に負担していた借金を返済するためと被告会社の同僚前田某と折合いが悪く同人と一緒に右宇野営業所で仕事をしなければならないことに嫌気がさしていたためであること、同営業所側では、藤原の右欠勤(無断欠勤)のため業務に支障を生じることから、同人の意向を確かめ善後措置をとるべく、昭和四四年四月二四日、同営業所係長大石善之助を同人宅に赴かせたが、不在であつたこと、同月二六日午前中に同営業所へ藤原の母親がその代理人として同月二〇日までの分の給料を貰いに来たが、同営業所所長代理堀川文裕がこれに応じず、藤原本人が来るように求めたところ、同日午後二、三時頃に藤原が同営業所に出頭したので、右所長代理が無断欠勤ないし他社勤務をとがめ同営業所に勤務するつもりがあるか否かを確かめたところ、藤原は同僚との折合いが悪くついていけないなどといい、双方間で若干の口論がなされた挙句、藤原が同営業所を退職する旨の意思表示をするに至り、右所長代理は同月二〇日をもつて藤原を辞職する取扱いをすることにしたこと、藤原は、右のとおり退職の意思表示をしたものの、なお同営業所へ勤務したい意向がないではなく、また、その意思表示をした経緯などからも、心中釈然としないものがあつたため、高松市在住の友人に会つて話を聞いて貰おうと考え、前記のとおり被告会社の船便で(いわゆる顔がきいて無料で乗船できた。)被告会社高松営業所を訪ね、同営業所宿直員滝静夫に自動車の一時貸与方を依頼したが、同人がキーがないから貸せないなどといつてにわかに応じてくれそうになかつたので、同月二七日午前一時過ぎ頃、同営業所からほど遠くない高松市栗林町付近の深夜喫茶店に待たせてある友人に会うため、短時間のうちに返還するつもりで、右滝その他被告側の承諾がないのに、極く最近まで被告会社の従業員であつたことないしは内心は完全に被告会社を退職したものではないという意識がないでもなかつたことによる気安さから、前記のような状態で駐車してあつた本件加害自動車を持ち出して運転中、前方不注視により本件事故を発生させたものであること、前記堀川浩洋その他被告側の者は同日午前四時頃警察から事故発生の知らせを受けるまで本件加害自動車が持ち出されていることを知らなかつたこと、以上の事実を認めることができ、これに抵触する証人藤原正晴の証言部分並びに甲第七号証の供述記載は、前掲の滝の証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、藤原と被告会社との雇傭関係は、同人の事後的なこだわりないし意識如何にかかわらず、昭和四四年四月二六日をもつて、一応終了したものであつて、本件事故時には同人はもはや被告会社の従業員ではなく、かつ、同人の本件加害自動車の運転はいわゆる非従業員の無断運転であつたといわなければならない。

しかしながら、自賠法三条の運行供用者責任は、自動車の運行供用者が、危険な自動車の運行を管理支配し運行の利益を亨受する地位にあることから、その危険が具体化したときにはその責任を負わされるという危険責任、報償責任の思想に基づくものであると同時に、自動車の管理支配者に対し危険防止のため強度の注意義務を課した趣旨のものであると解せられるところ、かかる立法の趣旨を直視すれば、運行供用者の責任において要求される運行支配は、運転者に対して指揮監督の及んでいる直接的なそれに限るものとみるべき根拠に乏しいうえ、運行供用者の自動車に対する利用形態が単純なものではなくかなり複雑な形をとつてあらわれることが少なくないことにも鑑みれば、第三者を介して間接的に運行を支配しているとみられる場合を含み、しかも、その間接支配があるという人的関係は、自動車事故(不法行為)が偶発的無差別的に成立する法律関係であることに徹し、運転者に対する自動車運転の客観的容認、即ちこれを容認したものといわれてもやむを得ないような事情がある関係をいうとみるのが相当であり、なお、危険物管理責任の観点からも、自動車の管理上の過失のある所有者に対して右過失と相当因果関係にある事故につき運行供用者責任を認める余地が多分にあり、これを認めても右の立法趣旨に反することはないものと考えられる。

そこで、この見地から本件をみるに、前記のとおり、被告会社高松営業所長堀川浩洋は、社用で外出先から同営業所に本件加害自動車を運転して帰り、これを、同営業所旅客待合室の前方に、エンジンキーを点火装置に差し込んだまま、しかもドアに施錠もすることなく駐車してあつたものであり(被告は、同人がすぐ再び外出するため右のように駐車してあつた旨主張するが、同人が駐車後二時間半もの間外出もせずそのまま放置し、警察からの連絡で藤原の持ち出しをはじめて知つたことは、前記のとおりである。)〔証拠略〕によれば、右駐車した場所は、被告会社の専用駐車場とされてはいるが、国道三二号線と接続しており、周囲に障壁や施錠設備はなく、何人でも事実上自由に出入りできる状況にあるうえ、被告側においては駐車している本件加害自動車に対し全く監視の目を向けた形跡がないこと、当時深夜ではあつたが前記午前零時一五分高松着のフエリーボートは同零時三五分に高松を発して宇野に向い、また次の船便として同零時四五分高松着、午前一時五分高松発があり、これらの乗降客のあることが予懇されたことが認められ、これに反する証拠はないから、これらの事情からすると、前説示に照らし、被告としては、主観的にはともかく、客観的には、その所有する本件加害自動車を藤原が運転することを容認したといわれてもやむを得ないのであり〔なお、前記のとおり藤原と被告会社との雇傭関係は一応なくなつてはいるものの、事実上、両者の関係が完全に断ち切られているものとは必ずしもみれない節もあり、かかる事情からみて、藤原が本件加害自動車の運転に介入することは、客観的には直ちに不自然なこととも思えない。)、前記のとおり、同人が気安さから短時間のうちに返還するつもりで持ち出したもので、その後概ね一〇ないし二〇分後に本件事故を発生させたものであることをも考慮すれば、被告は、藤原を介して本件加害自動車の運行を間接的に支配していたものというべく、従つて、本件事故につき、運行供用者としての責任を免れないものといわなければならない。また、右のように、自動車所有者側が自動車を容易に持ち出し運転し得る状態で駐車放置しておくことは、何人かによつて同車を無断運転され、現在の交通事情に照し、運転者が第三者に対し運転上の過失によつて損害を加えることがあり得ることは何人にとつても相当の注意をすれば容易に予測し得るものと認められるから、被告側には、本件加害自動車の保管上の過失があり、しかも、その過失と前記のとおり藤原が運転中前方不注視の過失により生じさせた原告側の損害との間には相当因果関係があるものと認めるべく、従つて、被告には、前説示の危険物管理責任の見地からも、本件事故につき、運行供用者責任があるということができる。

以上のとおりであつて、被告の前記主張は失当であるというほかなく、採用できない。

三  損害

(一)  亡敏彰の過失利益

〔証拠略〕によれば、亡敏彰は、本件事故当時四一歳の男子で、訴外関西工業株式会社に代表取締役として勤務し一か月平均五万三、四〇〇円の報酬を得ていたほか、日本電信電話公社より構内交換設備、地域団体加入電話設備等工事担任者認定規則による工事担任者資格の認定を受けていたことから、訴外関西電話工業株式会社より右資格を利用するため嘱託を依嘱され一か月八万円の報酬を得ていたことが認められ、これに反する証拠はないので、同人は、死亡しなければ、六三歳に達するまで、なお二二年間は稼働可能で右程度の収入を得られたものと推認するのが相当である。そして、同人の生活費は、〔証拠略〕により認められる同人の家族構成等諸般の事情を考慮すれば、収入額の四割をこえることはないとみるのが相当であるから、これを控除すると、その純収入額は一か月合計八万〇、〇四〇円で年間少なくとも九六万円となり、その二二年分の現価を算出すると、原告主張のとおり一、三九九万六、八〇〇円となる。

(二)  原告らによる相続

原告塩田和子が亡敏彰の妻、その余の原告らが同人の嫡出子であることは、当事者間に争いがないから、原告らは、同人の死亡により、右(一)の過失利益の賠償請求権の各三分の一にあたる四六六万五、六〇〇円宛を、相続によつて承継したものというべきである。

(三)  慰藉料

原告らが、本件事故により、夫或いは父を失ない、多大の精神的苦痛を受けたことは、想像に難くないが、本件にあらわれた諸般の事情を考慮し、右苦痛を慰藉するには原告塩田和子につき一五〇万円、その余の原告らにつき各七五万円をもつて相当と認める。

(四)  損害の填補

本件事故による損害に関し、原告らが各自自賠責保険金一〇〇万円を受領し、なお、原告塩田和子が藤原から受領した香典一二万円を自己の損害の一部に充当したことは、当事者間に争いがない。

(五)  弁護士費用

以上により、被告に対し、原告塩田和子は五〇四万五、六〇〇円、その余の原告らは各四四一万五、六〇〇円の賠償を請求し得るものであるところ、〔証拠略〕によれば、被告がその任意の弁済に応じないため、原告らは弁護士である本件原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、原告塩田和子において、その主張のとおり着手金支払及び報酬契約をしたことが認められるが、本件事案の難易、右請求認容額、事案内容において被告の任意弁済拒否の態度に一方的な非難を加えるわけにもゆかないところがある等本訴にあらわれた一切の事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用損害としては、七〇万円をもつて相当と認める。

四  結論

そうすると、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告塩田和子が、前項(五)記載の五〇四万五、六〇〇円と弁護士費用七〇万円との合計五七四万五、六〇〇円、及び、内金五二四万五、六〇〇円(弁護士費用中未払の五〇万円を除いたもの。)に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年一〇月一〇日から、内金五〇万円(弁護士費用中未払分)に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告らが、同記載の各四四一万五、六〇〇円及びこれに対する右昭和四四年一〇月一〇日から右年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当としていずれも棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき、同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林義一 山脇正道 仲渡衛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例